しぃの本棚

つぶろ小説(腐要素含む)をマイペースに投稿中。

風吹く街、君の隣(弟乙)

 

 






弟乙ほのぼの系。春ですね。

(以前Twitterにあげたものをこちらに移しました) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、見て弟者くん。桜が咲いてる」

 

 

先にそれを見つけたのはおついちさんの方だった。

 

 

 

 

 

恒例となった、二人でお酒を飲みながらのホラーゲーム実況。

いつものようにキリの良いところで放送を終了し、さぁもう少し飲もうか、といった時に

 

「やべ、つまみ切れちゃった」

「ちょっとぉ、弟者くん食べすぎじゃない?」

「そんな事ないって!ちゃんとおついちさんにもあげてたでしょ?」

「あぁそうだね、ただピーナッツばっか口に放り込まれてたけどな」

「ふふっ、ごめんって…!」

 

そんな他愛ない会話を交わしながら、俺達は近くのコンビニまで買い出しに行く事になった。

ちょうどお酒も少なくなってたし、いい機会だ。

 

「…寒っ、ちょっと冷えるな」

「春とはいえ、まだまだ寒いからねぇ」

 

外は風が強く吹いていた。

冷たい外気を鼻腔から吸い込む度、ほろ酔い気分の俺の頭は少しずつ覚醒していく。

隣を歩くおついちさんは、どこか楽しそうに夜空を見上げながら鼻歌なんて歌い出していた。

前向いてないと躓いてコケるんじゃねぇかこの人、なんて余計な心配が尚更俺を冷静にさせたがその心配はどうやら杞憂だったらしい。

何事もなくコンビニに着き、適当にお酒とおつまみを調達した後、来た道を戻る。

 

と、思ったら

 

「弟者くん、帰りはあっちの道から帰ろう?」

 

おついちさんが指差したのは、さっき通ってきた道とは違う少し通りから奥まった道。

 

「え、別にいいけど…どうしたの?」

「んー…なんとなく、もうちょっと散歩したいかなーって」

 

そう言ってコンビニ袋をガサガサと揺らして笑うおついちさん。

その笑顔を見て、彼の意見に乗らない理由はなかった。

 

 

 

帰り道はさっきより静かな住宅街。

深夜一時を過ぎた街は家々の明かりもほとんど無く、街灯だけが俺達の行く道を照らしていた。

 

「静かだね」

 

おついちさんが笑う。

 

「当たり前でしょ、こんな時間だからねぇ」

 

俺もつられて笑う。

二人の間で強い風に吹かれてガサガサと鳴るコンビニの袋。

あぁ、幸せってこういう事なのかな。

漠然と、でも確証的な感覚に思いを馳せていると

 

「あっ、見て弟者くん。桜が咲いてる」

 

おついちさんが指差したのは、小さな公園内にひっそり咲いている桜の木。

 

「へぇ、もう咲いてたのかー…うん、ちょっと見に行こ」

「あっ待っておついちさん」

 

ぴょんぴょんっと駆けて公園に入っていくおついちさんを慌てて追いかける。

 

「はぁ…おついちさん走るの早いよ…」

 

少し遅れて追いついた俺に構いもせず、おついちさんは木の下でジッと桜を見上げている。

公園内は勿論人影もなく、ただ街灯のみが桜の木を淡く照らしていて。

その光がおついちさんの横顔にぼんやりと差し込むと、彼の長い睫毛の一本一本を縁取るように浮かび上がらせる。

 

 

俺は、息を呑んだ。

 

とても綺麗だ、と。

 

 

「ねぇ弟者くん」

 

おついちさんの声にハッとする。

 

「桜ってさ、儚いよね」

「…?」

「人と違って、あっという間に散っていくんだもの」

 

 

でも、とても綺麗だ。

 

 

振り返っておついちさんが笑った。

 

強い風が吹き抜ける。

薄ピンク色の花びらがヒラヒラと舞う。

あまりに幻想的な光景。

 

けどその時俺は、何故かその花びらに包まれて、おついちさんが消えてしまいそうな気がして。

 

このままどこかに行ってしまいそうな気がして。

 

胸がキュッと痛んで。

 

「…おついちさん!」

 

 

駆け寄って、おついちさんの身体を力強く抱きしめた。

 

衝撃でガサリ、とコンビニの袋の音が鳴る。

 

「わっ…弟者、くん…?」

「おついちさん…好きだ」

「なになに、どうしたの急に」

「好き…好きだよ、おついちさん」

 

 

だからどこにも行かないで。

 

 

「…弟者くん」

 

宥めるような優しい声。

 

「俺はどこにも行かないよ」

 

包み込むような優しい声。

 

「俺の居場所は弟者くんの隣だからね」

 

あぁ。

全部わかってるんだな、この人。

 

「弟者くん、好きだよ」

 

くそっ。 悔しいけど、勝てねぇわ。

強い風が吹き抜ける。

思わずおついちさんを抱く腕に力を込めると、それに応えるようにおついちさんも俺の背中に手を回して抱き返す。

花びらがハラハラと舞う中、街灯の淡い光と桜の木だけが抱き合う俺達を見ていた。

 

 

 

 

 

…どれくらいこうしていただろう。

 

「…そろそろ帰ろっか」

 

ふふ、とおついちさんがはにかんで離れる。

 

「…そうだね、帰ろう」

 

俺もその笑顔につられて笑う。

 

「おついちさん、家帰ったらまた飲むんでしょ?」

「何言ってんの、その為に買い出し来たんでしょうが」

 

だからほら、早く帰ろう?

おついちさんが俺の手をとり、指と指を絡める。

 

「あら、随分大胆だねぇ?」

「誰も見てないんだからいいでしょ」

 

手を繋いでゆっくりと家路を歩く。

外の風はさっきよりも一段と冷たくなった気がするが、相変わらずおついちさんは隣で鼻歌を歌ってる。

 

「ねぇおついちさん」

「んー?」

「来年も一緒に桜、見ようね」

「…そうだな」

「あ、でも」

 

 

「「兄者には内緒でね?」」

 

 

二人で声を揃えて笑う。

強い風はもう、吹いていなかった。

 

 

END