25cm(兄乙)
兄乙ほのぼの。何気ない日常。
午後の街の喧騒を完全に遮断した自宅のリビング。
ソファーに座る俺と、その隣に座る兄者。
兄者は手にした海外のサッカー記事が乗った雑誌をペラ……ペラ……とリズムよく捲る。
ページが捲れる音が心地よい程度には静かな室内。
対して俺は今は特にする事もなく、スマホを弄っては画面を消す、の繰り返し。
熱心に雑誌を読む兄者の邪魔をしたくなくて大人しく隣に座っている。
世間一般でいう【恋人同士】な俺達だけど、必要以上にベタベタしたり愛を囁きあったりはしない。
普通に飯食って、普通にセックスして、普通に寝て、普通に買い物に行って、普通にダラダラと過ごす。
休日は大体こんな感じで過ぎていく。
俺達にはこれが丁度、いい。
「あのさ」
何となく、口を開いた。
『なに』
依然目線は雑誌に向いたまま、兄者が返事をする。
ペラリ、とページが捲れた。
「いや別に何でもないんだけどね」
『なんだよそれ』
また一つペラリと捲られるページ。
少しの沈黙の後、兄者の手が次のページを捲ろうとする、その前に
「いや、あのさ……
何十年経っても、君の隣にいたいなぁ」
一瞬、ページを捲る指が止まる。
が、すぐにペラリと紙の擦れる音。
目線は相変わず俺じゃなくて雑誌に落とされている。
あれ、もしかしてスルーされた?
『……それってさぁ』
顔を上げずに兄者が続ける。
『おっつんはほんとにそれでいいの?』
「……え?」
『いやだからさ、ほんとに隣に居たいと思ってんのって』
「あ、当たり前じゃん!」
『だってさ、オッサンだよ?何十年後と言わなくても十年後には確実にオッサンだよ俺ら。それでもいいの?もっと若いオネーチャンじゃなくていいの?』
兄者の言葉に思わず息を呑む。
俺のその様子を見てか見ないでか、兄者は先程までと同じように雑誌を捲る手を再開させた。
室内にはページを捲る音だけが響いている。
再び流れる沈黙。
「……俺は」
「俺は、兄者と居たいよ」
少し震える声で、さらに続ける。
「十年経っても、二十年経っても、オッサンになってもジジイになっても兄者とこうして並んでたい」
「……だって、兄者が好きだから」
「、だから……」
だからどうか、俺と一緒に生きて。
気が付けば兄者の指が俺の頬に触れていた。
『……馬鹿、おっつんなに泣いてんだよ』
「え……あ……」
『ったく、この人すーぐ泣いちゃうんだから』
温かい指先が俺の頬を流れる涙を優しく拭う。
どうやら自分でも気付かないうちに泣いていたらしい。
「っ、あに、ごめっ……」
『なに、寂しくなっちゃった?』
頭をポンポンと撫でてくれる兄者は先程までと違いこちらを見て優しく微笑んでいる。
手にしていた雑誌は丁寧に机の上に閉じて置かれていた。
「、だって、兄者は俺と居たくないのかと、思って」
『ちょ待て、俺がいつそんな事言った?』
「、だって、若いオネーチャンが、どうとかって」
『ハァー……あのな、おっつん』
ギュッと、兄者に抱きしめられた。
昨晩俺と同じボディーソープを使っている筈なのにどこか違う、兄者の匂いに途端に包まれる。
あぁ、安心する。
『俺だっておっつんとずっと一緒に居てぇよ』
『けど俺ってこんなんだからおっつんに全然優しくできないし今だって泣かせちゃってるし』
『ほんとに俺でいいのかって』
そうか。
兄者も俺と同じ気持ちだったんだ。
よかった。
安心したからか、俺の目からは涙が止まらなくなってしまった。
『ちょ、おっつん泣きすぎ!泣きやめ!』
「うぇぇ、無理ぃ……ぐすっ」
『こら、泣きやまないと押し倒しちゃうよ?』
「はっ…ちょ、待っ」
ドサッと宣言通りにソファーに倒され、俺の視界には天井とニヤニヤ妖しげに笑う兄者の姿。
「あ、兄者っ!?」
『メソメソ泣いてるおっつん見てるともっといじめたくなってきちゃった』
「ふ、ざけんな、なに人の泣き顔で欲情してんだよこのオッサン!!」
『あらあら~このオッサン威勢がいいですね~』
「ちょ、この野郎マジで……あっ、ちょ、どこ触って、んあっ」
『さぁPartyといこうじゃないか!!』
普通に笑いあって、普通に喧嘩して、普通に仲直りして、普通に愛し合って。
俺達にはこれが丁度、いい。
多分、何十年経ってもずっと。
END